Mussel Docking World

発汗、発光の末、発酵!をモットーに、音楽的な活動をする二人組、Mussel Docking (マッスル・ドッキング)のブログです。

それでも世界が回っている

全知の神というのは、人間に到達できない深い知識を知ることができる存在のことを言うのだとぼくは漠然と考えていた。
しかし、人間の理解可能なことだけでもその全てを知ることができれば、それはそれで神業である。
我々は世界の出来事について本当に欠片ほどの知識しか持つことができない。
今この瞬間に世界中で何が起こっているか?ぼくは自分の部屋の外のことは一切わからない。
そりゃ、隣の部屋にいけば家族が何をしてるかわかるし、遠く離れた相手の動向だって電話すれば知ることができる。しかしそういう行動を起こさない限りは、ぼくはこの瞬間には自分のことしか知りえない。
今この瞬間には世界中でいろんな事が起こっているはずなのに。
実際に出来事の現場に行けば、その出来事のことを知ることができる。テレビのニュースを見れば、いくつもの出来事を知ることができる。
だけど、それだってほんの断片だ。
事件、事故、祝い事、弔い事、美しいこと、汚いこと、たのしいこと、悲しいこと、うれしいこと、腹の立つこと、そして、別になんということのない日常の営み。
数え上げれば果てしないほどだろう。
ぼくはそういったことのほとんどを知ることができない。
それを全部見せてくれる神がいてもぼくの目は追いつかないし、全部聞かせてくれる神がいても耳は追いつかない。
世界のほんの小さな一部をかすめて生きる能力しか持ちあわせていないのだ。
そしてそれを別に悲しくも思わずに生きている。
それでも世界が回っていることをちょっと不思議に思うことはあっても。
(本項、Alfred 筆)